こんにちは、片付けサービスの福田です。
今回は江戸時代のゴミについてです。

江戸時代の暮らしとゴミ問題
江戸は現在の東京都よりも面積が小さく江戸城を中心に半径約6㎞の広さで、100万程度の人が住んでいたといわれています。当時このように過密になり過ぎて都市としての機能が果たしにくくなり、ゴミ問題にも悩まされた時期があったようです。
当時の江戸の街ではゴミ問題にどのように取り組んでいたのでしょうか?

■江戸時代のごみ処理
江戸の初期、人々は自分が住んでいる近くの川や堀、空き地にゴミを捨てていましたが、江戸幕府は1655年に、ゴミは永代島(現在地江東区永代)に捨てるようにと定めました。まず地域ごとに穴を掘ってつくった共同の「ごみため」を設け、人々はそこにごみを捨てます。「ごみため」はたいてい共同の井戸やトイレのそばに作られました。次にそのごみは、船に積むのにべんりなところにある「おおきなごみだめ」に集められ、そこから船に積まれて永代島(現在地江東区永代)まで運ばれました。この“集める”、“運ぶ”、“捨てる”、というごみ処理の仕組みは現代に引き継がれています 。
■江戸時代のリサイクル
 江戸時代の人々は、ゴミ処理の仕組みを確立しながら、ゴミを減らす努力もしていました。人々は「ものを大切に最後まで使いつくす」という考え方をもっていて、今でいうリサイクル社会を自然にうみだしていったのです。

その2に続きを書き進んでいきます。